強直性脊椎関節炎の記録

強直性脊椎関節炎の記録

思い返せばあの時の炎症症状も、となるのであまりごちゃごちゃとは書かないように大発作が起きたときからの記憶を掘り起こして闘病記としたいと思う。検査データが残っていないので記憶が頼りで書き起こした。

原因不明の膝関節痛と臀部の痛み

今考えれば小発作としてアキレス腱の付着部痛などはあった。だがそれが直結してAS(強直性脊椎関節炎)とは考えていなかった。仕事柄座位が多いので座りっぱなしだから痛いのか程度で湿布を貼ったり、クッションを購入してみたりでやり過ごしたりでなんとか凌いでいたのだが、業務中痛すぎて動けなくて精神的にも参ってしまうという事象が発生するようになった。

痛みとともに現れたこわばり、起床から思い通りに関節が動くようになるまで徐々に時間がかかるようになった。よく使う人差し指あたりの関節炎も多発するようになった。当然手首なども炎症が起きて仕事に支障をきたすレベルだった。

整形外科受診

自力で歩ける状態じゃついになくなったため、午後からやっている病院を受診した。微熱ではあるが発熱もあった。レントゲンを念のため撮影した。「腰は悪そうな所見」とDr.だけど致命的な原因ではないらしく、インフルエンザや風邪から来る疼痛ではとNASIDsが処方され終了。

大学病院受診

総合診療部と呼ばれる何処が病気がはっきりしない人のための外来を受診することになる。その時も自力で歩けるような状態ではなかったので車椅子で受診して、CTとレントゲン、血液検査を実施する。過去に同大学病院の膠原病科を受診したときにFMS s/oとなっていたらしく、研修医が繊維筋痛症と言われたことはないですか?と質問されたことを覚えている。結果、NASIDs(ロキソプロフェン)とデパス0.5mgを処方され、2W後の再受診となる。

2回目の大学病院受診

2W後再受診の結果、NASIDs(ロキソプロフェン)があまり効いている感じがしないことを申告し、NASIDs(ボルタレンSR)とデパス0.5mgに処方変更。血液検査もなかったように覚えている。

3回目の大学病院受診

痛み自体もそうだが、朝のこわばりがだんだん強くなり会社にもまともに出勤できない日が増えていたように思う。NASIDs(ボルタレンSR)とデパス0.5mgを継続処方で終了。知人の紹介で民間のリウマチ科を紹介されたこともあり、採血のデータをもらいそこの病院をハシゴすることにした。

リウマチ科の受診

採血データで不足分があるということで、RA(リウマチ因子)の血液検査を至急でしたこと。レントゲンの撮影をしたこと。次回予約でMRIの撮影。処方はNASIDs(セレコックス)とムコスタに変更。レントゲン上で仙腸関節と脊椎に炎症がありそうだ。ということがわかった。MRIの予約まで1W程度。

2回目のリウマチ科の受診

MRIを撮影、仙腸関節の炎症が活動的であることがわかった。竹様脊椎はしっかりと確認できないものの、体軸性に近いAS(強直性脊椎炎)であろうと診断がついた。処方は変わらずNASIDs(セレコックス)とムコスタ。仙腸関節にブロック注射をしてその日は終了。

ここからは定期通院と痛みがひどくなったら受診を繰り返していたが積極的治療に結びつかず、自主的に転院することにした。

総合病院受診

リウマチ科を受診。採血、レントゲン、エコーを行う。手首やアキレス腱付着部に強い炎症反応が見られた。CRPも1.0以上。AS(強直性脊椎炎)で間違いないでしょうということで、教科書通りの処方開始。NASIDs(ボルタレンSR)とサラゾスルファピリジンとプレドニン。抹消の炎症にはやはりステロイドがいいでしょうということでスタートする。サラゾスルファピリジンを3ヶ月服用するも効果なし、メトトレキサートを開始したが、こちらもあまり効果なく、ヒュミラ(TNFαモノクローナル抗体製剤)を開始することとなる。途中注射部反応あり休薬したりしたが、約2年間使い続けてこれた。

しかし、まったくヒュミラが効かなくなってしまった。投与中に効果が減弱することがあるということと、注射部に反応ありアレルギーの可能性が強いことで、コンセンティクス(IL-17A抗体製剤)に変更した。しかし、コンセンティクスに変更後、胃腸症状や発熱などで入院精査すると回腸部に縦走潰瘍などが発覚し、CD(クローン病)s/oということで、コンセンティクス中止。以後の方針は大学病院で精査後決定となった。

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