こんなものに興味があります。

いじめだと自分が認めた瞬間

いじめだと自分が認めた瞬間

なんと言われようと、いじめ以外の何物でもない。そう覚知した瞬間自分の世界が歪んだ。
今まで一生懸命、我慢したり努力したり耐えた時間が無駄だったと言われた瞬間だった。
今もこうやって記録を残すことをパートナーは良しとしないだろう。
自分がもし衝動的に死んでしまったとき、こういう理由があったのだと誰かに知っていてほしいので記録として残しておくために記録しておく。

ただただ嫌いだったんだってさ。

まずことの始まりはパートナーの母親から「なんで来るんだ。来なくたっていいのに」など細かな小言だったと思う。言いたい気持ちはわからないでもない。誰しも嫌な感情だったりとか抱かないわけじゃないし、自分も嫌な感情を抱かないかと言われたらそうではないから。ただ、表現の仕方というものがあって言っていい言葉と悪い言葉くらいの分別は弁えておきたいもの。子供なら言葉の意味をしっかり理解しないで言ってしまったなどあるかもしれない。いい年齢になった大人のいう言葉ではないと思う発言も、自分が不愉快な気分にさせたり自分に非があるのではと自分を責め自戒し関係性を改善するために最大限努力してきたけれど。理由は「ただただ嫌いだった」らしい。細かいことを言えばあるんだとは思うけれど。そこまで言う?っていうくらい些細な内容だと思う。なので自分はただただ10年以上いじめられてきたということに気が付いてしまったわけです。

パートナーの想いと尊重

でも実はこうなる前にパートナーに全く相談しなかったわけではない。言われて嫌だった感情を吐露したところ「嫁姑問題みたいなのは嫌だ」「自分の大切な親をどうして悪く言うのか」的なニュアンスなことを言われて、そうか。このことは言ってはいけないんだ。自分が我慢しなければならないことなんだなと自分の中に溜めこむことに結果的になってしまった。と同時にそういうことを言う自分が悪いんだと自責の念が強くなり、パートナーを嫌な気持ちにさせちゃったダメな自分。こんなことなら言わなければよかった。と自分を追い込んでいく原因と結果なってしまった。もっと早い段階で爆発していればここまで心の傷が深くならずに済んだのかもしれないと今も後悔しかない。どうしたら今は心の傷を癒していけるのか、どうすれば自分が悪かったと自分を責めたあの辛い感情を消していけるのか。と暗中模索している最中です。

同居の後悔

忘れもしない5月12日の早朝、自分の愛犬たちに向かって「うるさい、くそが、死ね」のような暴言をパートナーの母親が言ったことですべてが崩壊した。同居し始めて約7か月目の出来事。そもそもちょっと特殊な関係性なので同居していると言っても自分は1Fの住人でパートナーと母親が2Fの住人。簡易なシンクとトイレが自分の設備。お風呂やキッチンなどは2Fにしかない状態。基本的に家で食事をしないのでキッチンはさほど困ってはいなかったけれどお風呂は2Fにしかないのでどうしても入らないわけにはならない。「どうして風呂に入るんだ。入らなくたっていいのに」などとお風呂に入るたびに繰り返し自分に向けられて投げつけられる暴言。自分のお風呂の使い方が汚くて気になるのかと様々な努力をした。本来であれば入浴前ににお風呂を洗って入るという習慣だったけれど、自分のお風呂上りに浴室はきれいに清掃して出るなど。ルールがあったわけじゃないのでどうしたら「どうして風呂に入るんだ。入らなくたっていいのに」と言われなくて済むのかと。これは後からわかったことだけれど「なぜ、二階の風呂に入るのか」という意味だったらしく、人として風呂を入ることを侵害したくて発していた言葉ではなかったらしい。だけれども、事実二階にしかお風呂がないのに「どうして風呂に入るんだ。入らなくたっていいのに」という言葉を発していた時点で自分の風呂に入らなくてもよい存在。そのことで社会的に不利な立ち位置に立たされても関係ない。と未だに捉えている。パートナーや周囲は2階にしかお風呂がないことがわかっていないのかも。などと擁護していたけれど。同居するときにしっかりパートナーが説明してくれているのを知っていたから知らないわけがないと自分は思っていた。積みあがっていった自分の「どうして」「どうしてそんなことを言われるの?」という気持ちは今考えるといじめの被害者心理そのもので「自分が悪いから」と日増しに思うようになった。
何度も何度も同居を後悔する場面はたくさんあった。そもそも生活リズムも生活習慣も全く違う他人と生活するのだから互いに配慮して然るべきだと思っていたのだけれども、パートナーの母はそうではなかった。朝の4時から除雪をはじめたり(隣人のおじさんが3時半からやっているから悪いと思ってというのが理由だそう)、朝の5時には新聞を取りに下に降りてくるのだけれど自分のフロアで生活している犬たちが自分を守るために吠える(怪しいやつが来たぞとお知らせ吠え)など、パートナーはパチンコが好きで一緒に行くので帰宅が遅くなることもしばしばあるなかで、食事が遅くなるから睡眠薬の服用も24時近くなってからだし、寝つきもとてつもなく自分は悪いのでやっと寝付いたと思ったら騒音で起こされる日々が続いていたり、精神的な不調だけじゃなく身体的な不調も加わって辛い日々が重なっていった。これは許さなければならない部分なのかもしれないけれど、朝の5時からコロコロで床を掃除するガラガラと天井から響く音で目が覚めるのは正直心地の良いものではなかったけれど、自分が悪いし自分が我慢すればどうにかなる問題なんだと言い聞かせていた。だけれども積みあがっていく後悔は少しずつ自分の心を蝕んでいったのは言うまでもない事実だった。

爆発し心が壊れた日

忘れもしない令和4年5月12日、前述のとおりただただ警戒を促す犬に対して「うるさい、くそが、死ね」のような暴言が自分の心の最後のスイッチを押したのは言うまでもなく、ただパートナーの母親の語彙には「うるさい、くそが、死ね」というないから違う言葉じゃないかと何度もパートナーや周囲に諭されたけれど、そう聞こえたものはそう聞こえたし、それに近い発言をしたのは間違いなくて自分の頭から色々なものが音を立てて崩れ落ちた瞬間だった。
心が壊れるというのはこういうことを指すのだなと。言っても仕方がないことだと理解はしていたけれど、こんなに言われないように努力しているのに「なんでご飯を食べるんだ。食べなくったっていいのに」など言われ続けてきたものが溢れ出て止まらなくなり、自分の頭だけにとどめておけなくなった。何をしても楽しくない。常に考えるのはなんで自分は責められる存在なのか。
生きているのが嫌になった。すべてを捨てて逃げてしまいたいと思った。死ぬ勇気もどこにも行けるだけ財力もなく逃げることも叶わず、自分の気持ちをパートナーに伝えたけれど、「自分の大切な人をどうして酷く言うのか」といった内容や自分が我慢してきたことなどを受け入れてもらえなかったと強く感じ、もうどうやって生きながら死ぬかしか考えられなくなった。

今まで積み重なってきた心の傷

自分が悪いと思うのはもう思考の癖のようになってしまっていて、多分他の人に相談したら自分が悪いわけじゃないと言ってもらえると思うようなことも自分が悪いと責めてきた。難病者で持病の悪化などで頑張っているのも踏ん張りも効かなくなるし、それ以前にステロイドを飲んで毎日を生活しているだけで相当頑張っているよ。という状況でも、「頑張れない」と自分にパートナーは言ってきた。それは自分を鼓舞させるつもりだったらしいのだけれど「なにくそ」などと思って踏ん張ってほしいということだったと話し合った結果言われたけれど、自分の中で自分を責めて限界まで頑張ってきた自分には逆効果以上の効果で言われるたびに、心の一部を切り取られるような鋭利な痛みと過去に積み上げてきた自分の自信を徐々に徐々に削いでいった。

自分が思う自分の長所

特殊な成育歴をしてきたと自分でも思っているし相当おかしい状況だったと今考えれば思うけれど。そんな環境だからこそ自分は頑張って努力することができることが長所になった。自分の母親に育ててもらえず祖母によって育てられた自分はことがあるごとに親族から「ちゃんとしないと捨てられるぞ」などと言われたり、「なんの得があって育てているのか」など自分に聞こえる部分でも自分に聞こえない部分でも自分は望まれていない存在なんだと感じる場面が多かった幼少時代。さらに祖母が心臓疾患があって身体的な辛さと自分のADHDである部分からイライラさせてしまったこともあり、俗にいう鯨尺(竹製の物差し)などで祖母にも殴られたりしていたし、週に1回習い事の送り迎えをしてくれる母が帰ってしまうことが辛くて悲しくて泣いたり、母親のように慕っていた叔母が結婚し別離を経験したりとお世辞にもまっすぐ育ったとは言えない部分も多いけれど、それでも自分が頑張って努力したことに対して母親、祖母含めて向けられる称賛の言葉が嬉しくてもっと頑張って努力すればもっと褒めてもらえる。もっと頑張れば自分の居場所が確保できると躍起になってやった過去は自分にとってとても誇れる過去だった。
小さな事ばかりかもしれないけれどヴァイオリンのコンクールなどで全く期待されていない状態からチェックを貰えたことだったり、本当に些細なことかもしれないけれど、「よく頑張ったね」などと言われてきた自分の「頑張る」という特性が自分を信用できる根拠だった。

「頑張っても」どうせ「頑張ってない」

パートナーから「頑張れないもんね」「頑張らない」という言葉が、それこそ幼少期から積み上げてきた自分の長所である自信を失わせていった。それも長い年月をかけて徐々に徐々に削ぎ落されていった。だからといって頑張らなくていいとは思ってはいないから日々を一生懸命頑張って頑張ってこれでもというほど自分を追い詰めて自分を責めて毎日をやり過ごしてきた。けれど、やはり頑張っているのに頑張っていないというパートナーの物差しから外れた自分が害悪でしかないと、一緒に過ごしてきた時間の間で何度自分が消えてしまえば満足なんだろうか。これ以上自分を追い詰めてどうするつもりなんだろうか。もう自分には何もないと訴えてきたつもりだった。けれど、自分が訴えれば訴えるほど自分の言葉に対して過剰なほどに自分を責める言葉は止むことがなく、虚勢を張って生きていた自分がガタガタになっていった。

ただ存在するだけでもダメなの自分は

そもそもパートナーとは相互努力によって関係が成り立っているものだと自分は考えていて、年齢もそんなに近いわけじゃない。育ってきた環境も全然違う。趣味も全く合わない。それでも大切だと思っているから相手に合わせて行動することで、相手と摩擦を少なくし穏やかな時間を過ごせると思ってきたので、身体の痛みがひどい時もパチンコ行くと言えば、座っているのが辛くても我慢したり努力したりパートナーのストレス解消に合わせてきたつもりだった。けれど、それはつもりでしかなかったようで。自分がどれだけ我慢したり努力しているかは推察してもらうことは出来ていなくてどう思っていたかは聞けていないからわからないけれど。自分も楽しんでいると思っていると思ったのか、理解はしてもらえなかった。もちろん、何度もそのことについてもパートナーにも伝えてきたつもりだけれど。自分の伝え方が稚拙なのか。「理解できない」と言われ続けた。それでも自分の居場所はもうパートナーの側しかないので、わかってもらえなくて辛い悲しいと思いながらも、身を削りながら耐えるしかない。

今日時点の自分

こうやって会社にいてこの場にこうやって書きだすことができるだけの整理がやっと着いた状態だと自分では分析している。自分自身への自信の無さや自己肯定感の低さ、自分の命について相当粗末に扱っていること、死ぬことへのハードルがすごく下がっていることは問題だけれど。
そんなことは二の次の問題で、とりあえず今どうやってこの心の栄養の無い状態で頑張るというエネルギーを生み出すか。が常に課題。体調は悪いのは悪いけれど一時期の死ぬほど体調が悪くて、立ち上がることもできないという身体的なダメージは今はない。だから、なんとかやれてしまう。やれてしまうけどエネルギーがない状態でやるから、我慢もできないし、些細なことで心の傷が露呈してその辛さや悲しみに呪縛される。だけれども、「やらなきゃならないことはやらなきゃいけない」でしょ。というパートナーの言葉の呪縛から逃れられず縛られて自分の心を削り続けている自分が今ここに居る。
他の人に相談すれば、きっとその環境から脱出すべきと助言を貰うだろうけれど。パートナーとはかなり前から財布が一緒で自分自身の貯蓄はないに等しいので逃げ出すことも叶わないし、会社も共同経営に近いものがあるから自分が抜けたら会社は回らなくなる。(経理会計的な意味で)なので、環境を大きく変えることはできはしないから、今あるこの環境の中でこの辛い苦しい感情を抱えて歩いていくためを模索している。一番早い解決は逃げてしまうことかなと思うんだけれど。逃げる手段がしか残っていないのかなって。

それでも生きる?

結局それでも生きるしかないわけで。死ぬ努力も勇気もできない自分には。ただ、いじめられていたことによって自分の心は傷ついてバラバラになったし、ヘビの脳もかなり傷ついているんだと自覚している。今日に至っては泣くこともできないくらい疲れている自覚があって、周りにいじめられていたんだね。辛かったよね。かわいそうだよね。と共感を得るためには、いじめられていたと自死した後に第三者委員会とか開いてようやくいじめられていたと認められるわけであって。自分がどんなにいじめられていた。心が辛い。心が壊れた。生きているのが辛いと言っても「ボヤキ」「小言」でありこの受けた心の傷は認めてもらえるものではない。ということらしい。
生きていくのは辛い。でも死ぬことも叶わないのでいかに生きながら死ぬか。回復するのかもわからない。回復を期待されているのもわかるのだけれど。「他人を許す」前に「自分を許す」ことが自分にとっての急務なのです。今までいじめられて自分が悪いからそういうことを言われると自分を責めてきて自分を追い込んできた自分を解放し、自分は悪くなかったんだ。ただただ、かわいそうだった。辛かったんだ。とその時の自分を癒してあげることに専念したい。本当であればそのためにエネルギーのすべてを費やしたいくらい。でもそれも叶わないから、傷が広がらないように自己防衛しながら、また自分を責めながらなんとか今日を耐える。

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